2015年12月25日

民朗の今年読んだ小説ブッチギリNo.1!『西遊記』の紹介

さて、このブログでは年末に年間のベスト小説10作品を載せているのですが、結論から言いますと、今年読んだ小説で一番面白かったのはブッチギリで『西遊記』でした。

恐らく誰もが知っているであろう『西遊記』という物語。まあ殆どの方は「有名な話だし、そりゃ面白くても普通だよな」と思われるかと思います。但し、この『西遊記』、実は読む前に思っていた話とかなーーり違っていたんです。

一般的に有名な『西遊記』のイメージというと、矢張り78年と06年のドラマ版が強いかなと思います。

img_0.jpg
1978年に放送された堺正章、夏目雅子、岸部シロー、西田敏行主演のドラマ版

8898611.jpg
2006年に放送された香取慎吾、内村光良、伊藤淳史、深津絵里主演のドラマ版

その辺り、私たちが見知っている『西遊記』と、実際のオリジナルの『西遊記』はどう違っていたのか?をつらつらと紹介してみたいと思います。
因みに、私が読んだのは岩波文庫『西遊記』(全十巻)(作者不詳、訳:中野美代子)です。全十巻というと、文庫で約4000ページ、注釈だけで300ページ近い分量なのですが、『西遊記』という作品は詩が頻繁に出てくる小説なので、実際の分量は実はそれ程ではありません(多分2500ページくらい?)。また中野女史の訳が大変素晴らしく、実に読み易い文章なので、本当にあっという間に読めてしまいます。


面白さの為にページをめくるのが止まらない!!

先ず、誰もが知っている、若しくは聞いても別に意外ではない、基本的な知識を以下に書いてみます。

1.中国四大奇書のひとつ。ここで言う奇書とは、“奇妙な、変な本”という意味では無く、“大変優れている本”という意。四大奇書の他の作品は『三国志』『水滸伝』『金瓶梅』

2.物語の舞台は唐(618〜907年)。唐のお坊さん、玄奘三蔵(ゲンジョウサンゾウ) (以下、三蔵法師)が、三人のお供である孫悟空、猪八戒、沙悟浄と共に、お経を取りに行く(取経)為に西の果ての天竺を目指す物語。

3.お供の三人は、元々は各地で悪さをしている化け物だったが、仏門に帰依する(つまりお坊さんになる)ことで三蔵の旅に加わっていく。彼ら三人は天竺まで三蔵法師を守ることで徳を積み、仏になることを目指している。

4.三蔵法師のモデルは、玄奘という実在した唐の仏教僧。史実として取経の為に唐からインドに旅をした。“色即是空 空即是色(しきそくぜくう くうそくぜしき)”で、日本でもお馴染みの般若心経を翻訳した大変偉いお坊さん。

5.作者は長年(というか本場中国では)呉承恩と言われていたが、現在ではその説はかなり否定的な見方がされている。

6.物語は全百回で構成されている。「回」というのは普通の小説の「章」の様なものと思って戴ければ問題無い。『西遊記』は各地で劇として上演されていたことにまつわる名残。(だから各回の最後には、「この先、一行はどうなってしまうのでしょか?その解き明かしは次回にて」という語りが必ず入る)

読んでいると眠くなってくる程に真面目な事を書きましたが、まあ、ここまでは初めて聞く内容でも「ああ、そうなんだ」で済むと思います。では、次に、私が読んでビックリした点を挙げていこうと思います。

1.驚く程に残酷無比
去年のチャウ・シンチー監督の映画版『西遊記』を観て、「うええ!残酷だ!」と思った方は多いんじゃないと思います。あの映画版では、どんな善意のあるキャラクターであっても無残に妖怪に喰い殺される殺伐とした世界観でした。


昨年に公開されたチャウ・シンチー版の『西遊記』。残酷無比な世界観でした。

しかしオリジナルはそんなレベルではありません。妖怪は各地で跳梁跋扈し、人々をバクバク喰いまくっています。因みに、沙悟浄も仏門に帰依するまでは喰いまくっていました。孫悟空は基本的に果物しか口にしないので、人を喰いはしませんが、ぶっ殺しまくっていました。しかも、孫悟空に至っては仏門に下ってからも何度かぶっ殺しまくっている始末です。
仮にも、主人公サイドと言える登場人物たちが一般人をぶっ殺しまくっているのです。

とは言っても、主人公は仏教徒の三蔵法師。旅を続けていく中で三蔵法師が弟子たちを諭すので、孫悟空らによって市井の人間たちが殺される場面は、まあそれ程ありません(どこかオカシイ文章)

但し、対象が妖怪だった場合は話が別です。『西遊記』のストーリーの流れとして、@三蔵が妖怪にさらわれる→Aさらわれた三蔵は妖怪の棲家で、料理されて食べられそうになる→B三人の弟子達が妖怪と闘い、倒す→C三蔵は弟子達に感謝し、無事に旅を続ける、
という定番の構成が何度も出てくるのですが、敵が妖怪の場合、この主人公たちは一切の容赦がありません。その中でも、私がトップクラスに非道いと思った所業を二つご紹介します。本当に主人公たちの行動ですよ!

Case.1「猪八戒・沙悟浄 幼児誘拐殺害事件」
これは旅の割と序盤でのエピソードです。話の流れはこうです。
普段から仲が悪い孫悟空と猪八戒。猪八戒に嘘を吹き込まれた三蔵は孫悟空を破門にしてしまいます。孫悟空は泣く泣く故郷に帰ってしまい、三蔵は猪八戒・沙悟浄の二人を引き連れて旅を続けます。
そこで黄袍怪という名の妖魔が宝象国という国の玉座を狙っていると知った三蔵は、妖魔に立ち向かおうとしますが、姿を虎に変えられてしまいます。猪八戒と沙悟浄は妖魔に立ち向かうも、神通広大の妖魔には歯が立たず逃げ帰ります。
三蔵を助けるには孫悟空の力を借りるしかないと思った猪八戒は、孫悟空に詫びを入れ、弟子三人は三蔵を助けに敵地へ向かいます。正面から闘うにはやや骨が折れると踏んだ孫悟空は、猪八戒と沙悟浄に妖魔をおびき寄せるよう命じます。おびき寄せたところで陰から不意打ちしてやろうという腹積もり。
猪八戒と沙悟浄は妖魔の棲家から妖魔の二人の幼子を誘拐し、妖魔の目の前で空高くから放り投げます。あわれ、幼子は地面に激突して、その姿かたちはまるで“ひき肉団子”(この言い回しは、『西遊記』に良く出てきます。残酷……!!)。嘆き悲しみ、怒り狂った妖魔は幼子を殺した猪八戒と沙悟浄を追いますが、そこに現れた孫悟空との激闘の末、敗れます。

……すごい話と思いませんか?主人公側が、いかに敵が悪人とはいえ、その幼子を空から投げ捨て墜落死させた挙句、追いかけてきた敵の不意を打ってやっつけるのです。態々殺さなくても、せめて人質にしておびき寄せるとかでいいじゃない。もう血も涙も無いですね。

Case.2「孫悟空一派 捕虜殺害死体損壊事件」
次は旅のかなり後半でのエピソード。話はこうです。
天竺国のはずれにある金平府にたどり着いた三蔵一行。金平府に毎年現れる仏様の姿を拝もうとした三蔵でしたが、妖気漂う風が吹き、妖魔にさらわれてしまいます。仏様とは妖魔が化けていた偽仏だったのです。その妖魔とは、辟寒大王、辟暑大王、辟塵大王という名のサイの化物。弟子達総出で闘いを挑むも、猪八戒と沙悟浄が返り討ちされ捕らわれてしまいます。仕方なく孫悟空は敗走、どうすべきかと天界に相談に行ったところ、四木禽星(四人の偉い神様くらいに思って下さい)が助太刀してくれることとなりました。
四木禽星という心強い援軍を得た孫悟空、三蔵たちを助けんと妖魔のアジトに攻め入ります。闘いの末に、辟暑大王、辟塵大王は生け捕りにされますが、辟寒大王は四木禽星の一人に噛み殺されます(尚、既に降伏した後で。鬼畜!)。
今まで金平府の人々が拝んでいた仏様が偽物だと証明する必要があると考えた孫悟空は、金平府へ帰ると、残った二人の大王を地上に突き落とし、猪八戒が大王の頭をちょん切り、証明としました。しかもその大王の体をバラバラにした後に、金平府の人々にふるまいました。

……え〜と、生け捕りにした相手を、無残にも処刑するのがこの三蔵一行です。しかも死体をバラバラにして各家にふるまうって発想がスゴい。

まあ、こんな感じのエピソードがてんこ盛りです。また、基本的に魔王(各回に出てくるボスの様なもの)が棲んでいたアジトは、魔王の部下を皆殺しにした上で火を放つという徹底ぶり。

今、私たちが小説でも、映画でも、漫画でも、味わう場合、主人公が敵を殺しまくる作品って中々無いと思います。これは恐らく、主人公たちがどんなに凄惨な殺戮を繰り返そうとも、昔ながらの牧歌的な道徳観であれば「是」とされてきたからでしょう。でも、現代で読むと、その残酷度合がすごく新鮮で面白いのです。
(感覚的には、今の子ども達が『北斗の拳』を読むと面食らう感じでしょうか。ケンシロウも悪人は容赦なくぶっ殺しまくりますからね。)

2.三蔵法師御一行は基本的にチンピラ集団
ハッキリ言って、三蔵の一行でまともなのは三蔵法師しかいません。弟子達は、仏門に下る前は、人を喰ったり、人をぶっ殺したり、村娘を無理やり嫁にした奴らなので仕方が無いのですが、時々、三蔵までもがチンピラ化することがあります。そうなると一行は完全にチンピラ集団と化します。私が特にそう思った回を以下に紹介します。

Case.3「三蔵一行 虚偽、器物損壊事件」
これは「人参果」という食べ物が出てくる、割と有名なエピソードです。話はこう。
五荘観という道教の寺院に辿り着いた三蔵一行。五荘観には鎮元子という名の大変偉い仙人が住んでいました。この鎮元子、はるか昔に三蔵の前世である金蝉子という人物と旧知の仲であり、その縁もあり、三蔵に「人参果」なる食べ物をすすめます。この人参果、一万年に30個しか実をつけない上に、一個食べれば四万七千年も生きられるという、大変ありがたく貴重な果物なのですが、見た目が赤ん坊とそっくりというので、三蔵は果物と信じられず気味悪がって食べません。
三蔵が食べないので仕方なく、鎮元子の弟子がこっそり食べたのですが、それを目ざとく見つけたのが食い意地張っている猪八戒。孫悟空と沙悟浄に話を伝え、人参果の生る果樹園に忍び込み、一つずつ盗み食いしました。しかし、盗み食いしたのを喋っているところを、鎮元子の弟子が聞いてしまい、盗んだことがバレてしまいました。盗み食いした三人はしらを切りますが、当然、盗んだことを責められ、散々悪口を言われます。それが気に喰わない短気の孫悟空は、誰も見ていないところで「人参果」の果樹園を根元から滅茶無茶に破壊してしまいます。
一万年経たないと実がつかない様な貴重な木を、駄目にしたとバレると大変です。三蔵一行は鎮元子に気が付かれない内にそそくさと逃げるのでした。

……主人公たちのやったことを整理してみましょう。@人の物を勝手に食う Aそれを咎められてもしらを切る Bそれにムカついたので(大変高価な)人の物をぶっ壊す Cバレると大変なので逃げる。
どう読んでも、チンピラそのものです。三蔵が孫悟空にそそのかされて、バレる前に逃げる場面は、読んでいて爆笑してしまいました。全然徳が高くないですよ!因みに、この後、三蔵一行は鎮元子に捕えられますが、最後には観音に泣きついて、解決策を得ることとなります。友達のオモチャを壊して最終的に母親に泣きつく小学生の様な、主人公一行です。

3.ホントはこんなキャラクター
『西遊記』で誰もが知っているキャラクターと言えば、三蔵法師、孫悟空、猪八戒、沙悟浄の四人でしょう。一行のリーダーである三蔵法師、お調子者だが滅法強い孫悟空、コメディリリーフの猪八戒、一行の仲裁役の沙悟浄……。概ね、そのようなイメージかと思いますが、先ず、そのキャラクター像は間違っていません。特に、猪八戒と沙悟浄に関しては、原作を読んでもそれ程イメージの相違はないと思います。でも三蔵法師と孫悟空に関しては、私個人としては、抱いていたイメージと大きく異なっていた部分もあるキャラクターでした。以下に、この二人を主に「一般的に知られているキャラクター像」と「実際のキャラクター像」を列挙したいと思います。

@.三蔵法師
1-110Z41ASW47.jpg

「一般的に知られているキャラクター像」
 ・旅の一行のリーダー。みんなのまとめ役。
 ・偉くて、徳の高いお坊さん。
 ・弟子達と違い、普通の人間の体(凡胎)をしているので、戦ったり、雲に乗ったりは出来ない。
 こんなところでしょうか。
「実際のキャラクター像」
 ・極度のヘタレ。すぐ泣く。
 ・お腹が空くと機嫌が悪くなる。その上、ご飯がすぐに食べられないと弟子を怒鳴る。
 ・何度同じ失敗をしても中々学ばない。(八戒に唆されて、悟空を何度も破門にする)

個人的に、三蔵法師が一番イメージと違っていました。偉いお坊さんなので、確りしているイメージが強かったのですが、原作の三蔵はハッキリ言って駄々っ子みたいです。各回で大抵一回は泣いています。また人の忠告を無視することがとても多く、三蔵が妖魔にさらわれる理由の殆どが、悟空の助言を聞かないことによるものです。この性質は旅の始まりから終わりまで殆ど変りません。(つまり成長していない……)
それでいいのか、主人公!

A.孫悟空
FOREIGN201511091350000561045821170.jpg

「一般的に知られているキャラクター像」
 ・別名、斉天大聖、孫行者、弼馬温(天界での馬番のこと。こう呼ばれると凄く怒る)
 ・見た目は服を着た猿。
 ・筋斗雲に乗り、如意棒を操り闘う。
 ・神通広大で滅法強い。その実力を以て、天界で大暴れした末に、釈迦如来の手で五行山の下敷きにされ封印された。
 ・変化の術(七十二般の法)をはじめ、あらゆる術に精通している。
 ・明るく、豪快な性格。

「実際のキャラクター像」
 ・殆どの敵と互角の闘いになり、圧倒することは稀。
 ・チクリ魔

孫悟空も読んでいて実に驚いたキャラクターです。読む前の私の漠然とした孫悟空像は、「豪快な一行の兄貴分、滅茶苦茶強くて敵を圧倒する」って感じだったのですが、実は結構違っています。
先ず、前述した通り、『西遊記』という物語は、話の展開にパターンがあり、最も多いのが敵の妖魔に三蔵がさらわれてしまうという展開です。これは本当に良く出てくるというか、全体の90%近くはこれと言っていいかも知れません。
さらわれた三蔵を取り返すべく、弟子たちが妖魔の棲家に殴り込みをかけるのですが、大抵、猪八戒と沙悟浄は力及ばずに三蔵と一緒に捕えられてしまいます。で、孫悟空はと言うと、基本的に敵の妖魔と互角の場合が殆どです。
孫悟空というと、花果山の仙石から生まれ、仙人からあらゆる仙術を会得し、手に入れた如意棒(手に入れたと言うより、龍王から脅し取った)を武器に、天界で諸神相手に大暴れし、顕聖二郎と釈迦如来に敗北するまで負けた事なしの豪傑の筈なのですが、三蔵と旅をしてからは、とんと敵を圧倒できない場合が殆どなのです。まあ、余りにも主人公側が最強だと、ピンチの場面を作るのが難しいので仕方が無いのかも知れませんが。
そんな訳で、敵と互角の孫悟空がどうやって、敵を倒すかというと、ぶっちゃけて言うと「チクリ」です。大抵の場合、天界に敵の氏素性を聞きに行き(敵として登場する妖魔は、元は天界の生き物が、下界に降りた or 転生した場合が多い)、天界から援軍を引き連れ、妖魔をぶちのめします。
簡単に言ってしまうと、タイマンでは勝てないので、兄貴分や仲間を呼んできて、数の力で勝とうとするヤンキーの様な感じ。でも、これが孫悟空なのですよ(マジ)。
一応、フォローすると、孫悟空は本作の主人公と言っていい程に格好いいキャラクターです。事実、弟子達の兄貴分ですし、腕も立つ上に頭も良いので、あらゆる場面で三蔵を見事に助け出します。豪快な性格な上に、義理人情に厚く、物事の本質をいつも見抜いている姿は本当に格好いいのです。
……でも妖魔のボスと戦う時は一介のヤンキーみたいになります。

B.観音
20312mm-2.jpg

最後にオマケでこの人(?)も紹介します。ことある毎に三蔵一行を助けてくれる観音様です。三蔵の聖典取経の旅は、この人が三蔵を選んだところから始まる、謂わば『西遊記』最大のキーパーソンの一人です。
この人、観音様なので立派な人だと思うじゃないですか。でも凄く口が悪いです。口癖は「このバカ猿めが!」
因みに、物語の最後の最後には、仏となった三蔵と孫悟空よりも位が低くなります。
聖典取経成功の暁に、63人の仏の内、三蔵は47番目の位である南無栴襢功徳仏に、孫悟空は48番目の位である南無闘戦勝仏になるので、49番目の位である南無観世音菩薩よりも位が高い。
(あれだけ「バカ猿が!」と怒鳴っていたのに、気が付けば孫悟空に位を抜かれているとは……)

……なにはともあれ、色々とぶっ飛んでいて非常に面白い『西遊記』。私は今まで読んだファンタジー小説では最高に面白い作品でした。皆さんも是非ご一読してみては?
posted by 民朗 at 08:15| 小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする