さて、私は毎年年末に開催される『文芸ジャンキー・パラダイス 年末オフ会』という会に参加しています。
※文芸ジャンキー・パラダイス:映画・音楽・文学・美術・寺社仏閣・etc...、あらゆる芸術に造詣が深い文芸研究家カジポンさんご本人個人のホームページ。
このオフ会では、アートに関する物なら何でもアリで各自が好きな芸術をプレゼンするというコーナーがありまして、私も今年は『月光条例』という漫画と、『ミシェル・ペトルチアーニ』というジャズ・ピアニストについてプレゼンさせて戴きました。
で、プレゼンに使った資料をそのまま捨ててしまうのも少々勿体無いので、私のブログでも紹介しようと思い、この記事となりました。
前置きが長くなりましたが、以下は漫画『月光条例』(作:藤田和日郎)の紹介です。

さて、藤田和日郎さんといえば、今まで少年サンデーで『うしおととら』『からくりサーカス』等の傑作少年漫画を描いてきた、少年漫画の巨匠のひとりですが、なぜ、この『月光条例』を紹介しようと思ったかというと、理由が3つあります。

週刊少年サンデー史上に残る傑作『うしおととら』

膨大な登場人物が"からくり"の様に絡み合う、壮大な叙事詩『からくりサーカス』
1つめは、連載が今年の春に終わったからです。なので漫画喫茶でイッキ読みするのも可、大人買いするのも可でございます。
2つめは、残念ながら人気が低い作品だったからです。ネットでは『うしおととら』『からくりサーカス』のファンだけど、『月光条例』が嫌いっていう人は沢山います。また「はやく連載終わらせて、次を書くべき」っていう声も結構聞かれましたし、雑誌掲載順も後ろの方が定位置でした。ですから、『月光条例』の良さや素晴らしさを伝えたいと思ったのです。
3つめは、何かしら芸術を愛している人に是非とも読んで戴きたい漫画であること。このブログを読んで下さる方は、映画か漫画か何かしら芸術を愛する人が殆どでしょうから、ここで紹介するのにピッタリだと思ったのです。
まずストーリーを簡単に紹介します。サンデーの公式HPに載っていた紹介文ですが……。
(あらすじ)
青い月のせいでねじれてしまったおとぎ話のキャラクターたちが次々に現れて現実世界を襲い出す!! それを正し、元に戻すのが<月光条例執行者>岩崎月光!! 超話題の真説伝奇御伽草子!
これだけだと、ちょっと意味わかりませんね。もうちょっと説明すると、数十年に一度、空から青い月の光が降り注ぎます。その月の光に照らされたおとぎばなしのキャラクターは、おかしくなってしまう。おかしくなったおとぎばなしのキャラクターを一人一人正気に直していく役目に図らずとも選ばれてしまったのが主人公です。結構突拍子もない話なので、百聞は一見に如かず、一度読んで戴ければ……と思います。
次に作品の見どころをば、
1.藤田漫画の主人公としてのキャラクター性の特異さ
藤田さんの漫画と言えば、"熱血漫画"と評する人は多いと思います。とにかく主人公が熱い。いつも真っ直ぐで、己を曲げない。ある種の融通の効かない頑固者でもあるのだが、その実直な姿に憧れてしまう。そういう主人公が殆どでした。

誰もが認める快男子『うしおととら』の蒼月潮(うしお)

『からくりサーカス』における漢気の化身 加藤鳴海(ナルミ)

臆病な性格だったがナルミの影響で一人前の漢に成長していく、『からくりサーカス』の真の主人公 才賀勝(マサル)
それらの熱い熱い主人公に比べ、『月光条例』の主人公・岩崎月光は、超が付くほどの天邪鬼、口癖は「いやだね」という、迚も主人公とは一見思えないようなキャラなのです。そこが面白い。

主人公・岩崎月光
「そんなヤツに好感持てる訳ないじゃないか!」と思うかも知れませんが、実は極度に自分の本心を隠してしまう度の過ぎた恥ずかしがり屋なのです。所謂ツンデレです。
いつもの藤田漫画らしい真っ直ぐな漢ではありませんが、心の底は他人の為に何か出来ないかと常に考えているお人よし。そのギャップが良いのですよ。

本心を中々見せないツンデレな所は、『黒博物館スプリンガルド』の主人公 ウォルター・デ・ラ・ボア・ストレイド卿がプロトタイプなのかも
2.実際の“ものがたりが”漫画の本筋に絡んでいく
この漫画には実在する物語とその物語の作者が登場します。どういった形で登場するかは見てのお楽しみですが、例えば『青い鳥』のメーテルリンク、『マッチ売りの少女』のアンデルセン、そして先生と呼ばれるあるキャラクター、これは絵をご覧になると一発で判る方もいるでしょうけども。日本の非常に有名な岩手県出身の童話作家です。
それぞれの作者の人生や物語に対する思い、が『月光条例』というストーリーに非常に意味ある形で影響していくんです。すごく独創的なストーリーテリングだと思います。しかもそれぞれの作者への愛に溢れているのですね。巻末に参考文献が挙げられているのですが、その多さが物語っています。

『月光条例』という物語の核に関わる童話作家“センセイ”。この立ち姿でピンと来る人もいるでしょう。
3.おかしくなったおとぎばなしのビジュアル
藤田漫画といえば恐怖描写。子どもを怖がらせるのが非常にうまい、ホラー漫画でも食べていけるんじゃないかと思える強烈なビジュアルが特徴の漫画家さんでもあります。幼い頃に『うしおととら』の衾や、『からくりサーカス』のゾナハ病にトラウマを負った方も沢山いらっしゃるでしょう。しかし今回は可愛い可愛い“おとぎばなし”が、あの藤田漫画のホラー絵になっちゃうのです。

トラウマ製造機妖怪「衾」〜『うしおととら』より

呼吸困難に陥る奇病「ゾナハ病」〜『からくりサーカス』より

第三者による藤田和日郎先生の悪意のあるパロディ像。でも大体あってる。
(友人である島本和彦先生の『吼えろペン』より)
で、今回“おとぎばなし”はこうなりました。

「三匹のこぶた」

「あかずきん」

「フランダースの犬」

「かぐや姫」
……もう、少年少女を泣かす気満々ですね。
でも、誰もが知っている物語をここまで弄る根性は凄いと思います。
4.すべての“ものがたり”への賛歌
これが一番お伝えしたかった部分です。この話、色々なおとぎばなしのキャラクターを主人公・岩崎月光が正気に戻していく中で、そのキャラクターたちが味方になっていきます。

仲間になるキャラクター・その1 「あかずきん」

仲間になるキャラクター・その2 「シンデレラ」
で、この物語、『月光条例』という物語にはラスボスがいるのですが、そのラスボスの目的は、ちょっとネタバレになりますが、「この世界から全ての“ものがたり”を消すこと」なんですね。“ものがたり”全てです。おとぎばなしも、漫画も、小説も、アニメも、映画も、ゲームも、何もかもを消滅させようとする奴がこの漫画のラスボスです。
今まで色んな映画とか小説とか漫画も読んできましたけど、ここまで極悪非道な敵は見たことがありません。だって、みなさんが愛する作品も全て消えるんですよ。私がこのブログで批評してきた映画も全部です。この漫画の中では、物語が消えたら、その物語があったという記憶すら無くなってしまうんですね。ちょっと想像して欲しいんですが、誰でも多分自分にとってものすごく大事な作品ってありますよね。漫画でも映画でもなんでもいいですが。それが消えてしまって、現実にあったということすら忘れてしまうって途轍もない恐怖です。そんな地獄絵図をこの漫画は実際に描きます。全ての物語がラスボスによって実際に殺されていく場面を。
しかし!そんな人類史上最悪の敵と、物語である“おとぎばなし”の登場人物たちが戦うんです!“ものがたり”のキャラクターたちが、“ものがたり”を守るために!これは熱くならずにはいられません。
また、その戦いの中で、「では何故“ものがたり”が消えてしまったら私たちは悲しいのか」という話が展開します。この漫画の中で残酷にも語られるんですけど、“ものがたり”って所詮は誰かが考えた嘘っぱちな訳です。そんな嘘の話が何故私たちには必要なのか、何故私たちは悲しい物語を好き好んで読むのか、っていう芸術論・文芸論みたいな話に展開するんですね。それを少年漫画でやる心意気が素晴らしいと思います。
芸術に関する深い考察を少年漫画でやり切ってしまったこの作品は、個人的には藤田和日郎先生の最高傑作だと思えてならないのです。

“ものがたり”とは何か?
ずっと、良い点ばかり褒めてきたので、最後にフェアにちょっと拙い点も挙げてみようと思います。
多分このあたりが一般的に人気が無かった理由だと思うのですが……。
1.藤田漫画には良くあるのですが、長期連載の中で、いくつか矛盾した設定があります。ですので、厳密な整合性をストーリーに求める人には少し合わないかもしれません。
2.次に敵キャラクターの魅力の無さ。藤田漫画では、どの漫画でも悪役がすっごい魅力的な場合が殆どなんですけど、『月光条例』は「これ、キャラデザとか適当じゃねえの……?」っていうキャラクターが結構います。

例として「ももたろう」の付き人であるサル・イヌ・キジ。正気か!?
3.ラスボスにカリスマ性・威厳が圧倒的に足りません。前述の通り、ラスボスの目的自体は最低最悪なのですが、その野望に比して、余りに器が小さく小物です。これではラストバトルもやや盛り上がりに欠けると言わざるを得ません。
4.『月光条例』は本当に人気が無かったのか、雑誌の掲載順がいつも後ろの方でした。そのためか、終盤はかなり駆け足の展開となっており、特に最終巻は本来なら2巻分あるようなボリュームの話を無理矢理1巻に纏めた様な展開になってしまっています。まあ、これは『からくりサーカス』も同様だったので、判りませんが。
5.私は好きでしたが、ギャグが滑っていると感じている読者が結構いたみたいでした。
不満点としては以上です。
しかしずっと書いてきた通り、個人的には素晴らしい作品だと思っています。
是非、芸術作品を、世の中のすべての“ものがたり”を愛する人たちに読んで戴きたいと思っています。
全巻セットもありますよ!