2014年10月06日

まあまあ音楽に詳しい人間による『四月は君の嘘』紹介

さて今年も10月に入り、すっかり涼しく秋を感じる季節となりました。秋と言えば「芸術の秋」、芸術と言えば音楽、ということで、今回は音楽を題材にした漫画『四月は君の嘘』(作:新川直司)を紹介します。
四月は君の嘘(1) (講談社コミックス月刊マガジン) -
四月は君の嘘(1) (講談社コミックス月刊マガジン) -

(あらすじ)
母の死をきっかけにピアノが弾けなくなった元天才少年・有馬公正。モノクロームだった彼の日常は、一人のヴァイオリニストとの出逢いから色付き始める!傍若無人、喧嘩上等、でも個性あふれる演奏家・宮園かをり……、少女に魅せられた公正は自分の足で14歳の今を走り始めた――。

この前に『僕のヒーローアカデミア』を紹介しましたが、それと異なり超メジャー作品です。アニメ化も決定し、現在最も勢いのある少年漫画の一つでしょう。ということで、この紹介も他のサイトの何番煎じになりますがご了承ください。

ストーリーは非常にシンプルな少年の成長物語です。かつて数々のピアノコンクールの賞を総ナメにした天才ピアニスト・有馬公正は、自分の指導者でもあった母・有馬沙紀の死によって、ピアノの音だけが聴こえなくなる(精神的な)病を患ってしまいピアノ界から姿を消します。14歳になった有馬公正が再びピアノ界に舞い戻るまでを彼の成長と共に描きます。

本作が個人的に素晴らしいと思う点を以下に書いていこうと思います。

@圧倒的な演奏描写
音楽を題材にした漫画は当然ながら今までにも沢山あります。本作と同じくピアノを題材にしたものなら『ピアノの森』、ロックなら『BECK』、ちょっと変わったので津軽三味線なら『ましろのおと』、そして社会現象にもなりクラシックブームを起こした『のだめカンタービレ』、数を挙げるとキリがありません。
その中でも本作の演奏描写は圧倒的です。勿論、例に挙げた他の作品も演奏描写はそれぞれの良さがあるのですが。本作の演奏シーンは本当に紙から音が聴こえてくるんじゃないかと思う程、圧倒的な迫力があります。

演奏風景.jpg
紙から音が聴こえるんじゃないかと思う程の演奏描写


A王道の成長物語
本作は非常に王道の成長物語です。「天才の主人公なんて感情移入できるの?」と思う方が居るかも知れませんが、恐らく大丈夫だと思います。誰しも仕事にせよ、学業にせよ、趣味の世界にせよ、中々思い通りにならずに悩むことがあると思うのですが、主人公がピアノの音が聴こえないっていう症状は正にそういう状態と言えます。そんな主人公が自分を奮い立たせて演奏の舞台に上がる場面は非常にアガります。主人公の有馬公正は挫折を一度でも経験した人ならば感情移入し易いキャラクターではないかと思います。

有馬公正opening.jpg
主人公の有馬公正。かつての天才ピアニストがどん底に落ちた状態からこの作品は始まります。


Bクラシックのみならず、恐らく全ての音楽に共通するジレンマ
本作は音楽に関するとても難しい問題をも描いています。音楽の意義を問うていると言っても過言ではないかもしれません。
主人公・有馬公正は幼少時代に数々のピアノコンクールで優勝した経験のある天才なのですが、その当時の演奏は“ヒューマン・メトロノーム”、“譜面の僕(しもべ)”と揶揄される程に正確無比で、楽譜の指示に寸分の狂いもなく追従する完璧なものでした。そんな演奏を周囲の同世代のライバルたちは「個性が無い」「人形だ」と切り捨てるのですが、コンクールとは演奏の技術や能力を競うものですから、有馬公正の演奏の方が評価されてしまうのです。
私の話で恐縮なのですが、私は中学校から吹奏楽部でトランペットをずっと演っておりまして、キャリアでいうと現在10年以上になります。中学生、高校生の頃は吹奏楽部に所属していて、吹奏楽コンクールに出場したり、個人として独奏やアンサンブル(少人数で演奏する形式です)のコンクールに出場していたのですが、どうしても上と同じ問題が出てくるのですよね。
つまりコンクールで評価される演奏をするなら譜面を徹底的にさらうことがまず第一、そこから自分なりに表現するとしても、それは作曲家の意図の範囲内でしなければいけない(吹奏楽にはそこはあまり何故か重要視されないけども)。私は終いまでそういうアプローチに馴れ切れず、大学から現在まではビッグバンドやコンボ(少人数)といった演奏の自由度が高いジャズに転向しました(元から好きだったのが一番の理由ですが)。いや、譜面通りに吹くってのは本当に本当にすごい技術なんですけどもね。


参考までにジャズのコンボ。こんなのです。

本作では主人公の正反対の性格(天真爛漫、破天荒)のキャラクターとして、ヒロイン・宮園かをりという女の子が出てくるんですが、彼女がいうセリフがとても素晴らしいのですよ。

宮園かをり.jpg
「私達はバッハやショパンじゃないもん」「ありったけの君で真摯に弾けばいいんだよ」

これはとても重要なことです。まあ音楽なんて物は人によって良い悪いの評価は千差万別なのですが、使い古されたフレーズでなんですけど「演奏を“楽”しまなければ音楽じゃない」てのは真理だと思うのですよね。正直、コンクールに出場したり、観に行ったりすると全然楽しそうに演奏していない人を観ることが往々にしてある。他人・他校と比べてどれだけ上手いか、どれだけ下手か、そういうことだけを考え出して演奏を始めたら音楽じゃ無くなってしまう気がするんです。自分と向き合って自分が聴き手に聴いてほしい本当の音を出すことが肝要で、それを出し切った後で他人と比較してどうだったかなら良いのですが。だからこのヒロインの言葉は私にはとても胸に沁みました。
それを踏まえて主人公・有馬公正は「自分の演奏を誰に聴かせたいか」ということを突き詰めてブレイクスルーするのです。これはアツい。ここまで音楽との向き合い方を真摯に描いた作品は中々ないと思います。

有馬公正.jpg
「誰のために弾きたい?」


Cジャンルへのこだわり
本作は上にも書いた通りピアノを題材としています。私はちょっと神経質かも知れませんが、漫画でも小説でも映画でも、そのジャンルに対して中途半端にアプローチしている作品を見ると凄く白けるんですよね。音楽系の漫画に良くあるのだったら「実際の楽器の持ち方と違う」とか、映画だったら「劇中で絶賛されているがどう聴いても上手くない」とかです。

201001091136522f9.jpg
明らかに下手なビッグバンドがなぜか劇中で絶賛される『スウィングガールズ』
(好きな方は済みません!)




実際に音を観客に聴かす必要のある映画は結構キツいのが良くある。
代表的なのが『二十世紀少年 第三章』の主人公・ケンヂの歌。
どう考えても世界を救える音楽とは思えない。


しかし本作に限ってはそんなことは殆どありません。演奏者が舞台袖で自分の順番を待つまでの張りつめた緊張感、舞台に立ち楽器を構えて音を出すまでの刹那の余韻、自分の演奏が聴き手にうまく届いたかという不安、音楽をやっていれば「あるある!わかるわかる!」と思ってしまう場面も多いです。

唯一、「コレはねーな」と思うのはコンクールで演奏後に歓声が上がったりすることですかね。漫画の絵的な演出なのでしょうが、コンクールで歓声、ましてやスタンディングオベーションが起こったりすることは、まあ滅多に(というかほぼ)ありません。

歓声.jpg
『四月は君の嘘』では割と頻繁に起こる歓声やスタンディングオベーション。
プロのコンサートではしばしば目にしますが、コンクールで起こることは非常に稀。


あとちょっとポエミーなセリフや独白が多いので、なんというか辻村深月さんの様な小説が苦手な人はちょっと受け付けないかも知れません。
因みに作者の新川直司さんは辻村深月さん原作の『冷たい校舎の時は止まる』のコミカライズを担当している。

ピアノを題材としているだけあって、色々なピアノ曲が出てきますが、その選曲にも拘りを感じます。誰でも聴いたことのある超有名曲から、クラシックに馴染みの無い読者がクラシックに興味を持ってくれる入口になるような名曲をチョイスしています。また、その曲一つ一つの特徴が物語としてキチンと意味があるようになっているのもとても良い所です。そのセンスは『のだめカンタービレ』に近いなぁと思います。

相座武士.jpg
例えば主人公のライバル・相座武士がショパンのエチュードOp.10-4を
コンクールで弾くのにはちゃんとした物語上の必要性がある。



眠れる森の美女.jpg
チャイコの『眠れる森の美女』の”薔薇のアダージョ”と”ワルツ”では、
主旋律が下に移ることが物語を転がすキーになっている。



『のだめ』はドラマ化や映画化される際に、そういう意味のある選曲を丸ごと、ベト7ブラ1などのメジャーな曲に変えられていたのが、非常に残念と同時に腹立たしかったのですが、今回の『四月は君の嘘』のアニメ化の際には下手な曲の変更はしてほしくないところですね。勿論、「あまりクラシックを聴かない人にとっつき難い曲を聴かせたくない」という製作者の意図も分からんじゃないのですけどね。

長々と書いてきましたが、最後に!別にクラシックに馴染みが無くてもとても面白い漫画です。所謂恋愛青春漫画としての側面もあり、少年少女独特の甘酸っぱーいボーイ・ミーツ・ガール物として読んでも十分楽しめると思います。そんな訳で少年漫画ですが女性にもおススメ。この作品を機にクラシックファンが増えてくれると、イチクラシックファンとしてはうれしい限りです。
また面白いのが、これほどクラシックを見事に描いた作品であるにも関わらず、作者の新川先生自身は連載を決めるまでクラシックを殆ど聴いたことがなかったということですね。ご自身はロックが好きらしく、連載を始めてから勉強し出したんだとか。それでここまでクラシックの演奏者を見事に描写するとは驚きです。
せっかくの芸術の秋、クラシック入門のお供に『四月は君の嘘』おススメです。まだ既刊9巻なのでサクッと読めますよ。

四月は君の嘘 コミック 1-9巻セット (月刊マガジンコミックス) -
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ラベル:四月は君の嘘
posted by 民朗 at 00:07| 漫画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする